そんなこんなで18回目! いよいよナムコですよ、ナムコ! ナムコットタイトルはたくさんあるけれども、やっぱり最初に紹介するタイトルとなったらこれしかない!
という訳で、今回紹介するタイトルはこれ!
オリジナルは1979年11月に稼働したアーケードゲーム。ナムコのアーケードビデオゲームとしては3作目にあたり、同社初のシューティングゲームとなります。また、コンピュータ画像技術のスプライトを日本で初めて用いたゲームだったりします。基本、Wikiの受け売り。わかりやすいね!
で、ファミコン版はナムコのファミコン初参入ソフトで、もともとは開発者が買ってきたファミコンを解析(逆アセンブラとかいろいろ)していたとき、リターンコードがモステクノロジー社「MOS 6502」というCPUのものということが判明し、その瞬間にナムコのファミコン参入が決まったとか(当時はザイログ社の名CPU「Z80」全盛期で、AppleⅡなどに使われていた「MOS 6502」はどちらかといえばマイナーなCPUだったらしい)。で、解析の結果、この『ギャラクシアン』が作成され、完成状態のROMを任天堂に持ち込んで参入を迫ったとか。この辺、元ナムコのプログラマーで、退社後にもさまざまなゲームの開発(『いたスト』とか『かまいたちの夜』とか『ゾンビハンター』とか)に関わった大森田不可止氏のつぶやきをまとめたtogetter(ファミコン時代のプログラムに関して思い出 - Togetter)に詳しい。今回、こんなのばっかだな!
そしてファミコン版の発売日は1984年9月7日。特別契約をもぎとったナムコは、ここからファミコンに対して怒濤のアーケードゲーム移植ソフトをリリースしていくことになるのだけど、これはまた別のお話。ちなみに、ナムコのファミコンオリジナル作品は一応『ワープマン』ということになる。ただし、『ワープマン』は『ワープ&ワープ』のグレードアップ移植なので、純粋なファミコンオリジナルソフトは約2年後の『ワルキューレの冒険 時の鍵伝説』『スターラスター』(間違えていたので修正)まで待たないといけない。
で、肝心の『ギャラクシアン』のお話に戻る。ゲームとしては、アーケード版リリース時にはスタンダードだった1画面固定式シューティング。色と形、得点の異なるエイリアンの大編隊を砲台を使って撃ち落としていく。砲台は連射ができず、画面から発射した弾が消えるまで攻撃できない。……という、これまた当時のスタンダード。というか、いわゆる『スペースインベーダー』と同じだよね! しかし、元となった『スペースインベーダー』からの変更点が革新的で、現在でも『ギャラクシアン』は『スペースインベーダー』の亜流ゲームとは扱われない傾向にあったりする(同一の系譜にはあるけど、進化した作品と解釈されている)。
まず、1つ目。背景に流れる星々。それまでも背景があるゲームはあったものの、ここまで星空をゲームに再現したものはなかったとか(あるかもしれないけど)。これらの星はスタージェネレーターと呼ばれる乱数発生器で生み出されたもので、なんでも特許申請もされているとかなんとか。今後、宇宙空間を舞台にしたゲームでは、このようなスタージェネレーターが導入され、ハードウェア的に星を表示するようにしていた……らしい。もちろん、ファミコン版はソフト上で疑似的に再現しているだけだけどね! この辺、佐藤誠市氏のつぶやきをまとめたtogetter(佐藤誠市氏によるナムコ80年代ゲーム作品についての証言 - Togetter)に詳しい。本当に今回はこんなのばっか!
2つ目。編隊から敵が離脱して襲い掛かってくる! 画面上部で動いているエイリアン大編隊から、ときおり小隊が離脱して砲台に襲い掛かり、弾を撃ってくるようになったのだ! 『スペースインベーダー』では、最下段まで下りてくるまでに倒す……というのが基本だったが、これにより「いつ襲い掛かってくるか」というドキドキ感を味わいながら戦うことになったのだ。ただ、その代わりといってはなんだけど、編隊に待機しているエイリアンは弾を撃ってこなくなったけどね!
また、敵旗艦(フラッグシップ)は、赤エイリアンをともなって急襲してくることも。攻撃は苛烈だけど、このとき随伴している赤エイリアンをすべて撃破してから旗艦を叩くとボーナス点獲得となる。随伴エイリアンを倒す前に旗艦を倒しちゃうとボーナス点が低くなってしまうのも当時の基本。ちなみに、旗艦は撃破しないまま終盤を迎えると逃げ出してしまい、次のステージの編隊に合流する。つまり、次のステージでは旗艦が1機多いのだ! これは本当に面白い試みだったと思う。
そして3つ目! 2つ目とも関連があるから厳密には3つ目じゃないけど! 敵の数が少なくなると、一斉攻撃してくるように! エイリアンの数が8機以下ぐらいになると、編隊を崩して襲い掛かってくるようになる。当然、編隊を組んでいるときよりも狙いにくく攻撃が苛烈になっているため、ここでやられてしまうことも多いのだ。
これは革新的な部分かどうか不明だけど、敵編隊を全滅させると右上の旗が1本ずつ増えていく(旗1本=1ステージクリア)。アーケード版は旗は10面クリアごとに大きな旗に置き換わり、最大で大きな旗4本と小さな旗8本まで増える(つまり、48ステージクリアまで増える)。ただ、ファミコン版は横画面の問題から、6本以降は旗=数字で本数が表示されるようになったため、たぶんだけど49ステージ後もあるはず。確認する気力はまったくなかったけど……。
ファミコン版はアーケード版の縦画面から一転、横画面にあわせて構成されているけれども、おおむね「ファミコンでできうる限り最高の移植」といっても過言ではない出来に仕上がっている。発売当時はちょっと時代遅れの感はあったが、シューティングが出ていなかった(一応『ドンキーコング3』がリリースされていたけど)ファミコンにとって救世主的な存在で、すげぇ売れたらしい。これが売れたからこそ、このあとにナムコがどんどこアーケードゲームの移植を出していくことになるのだけど、それはまた別の話。また別の話かよ!
それはともかく
ファミコン版はおおむねアーケード版と仕様は同じ(横画面になったのは置いておくとして)だけど、大きく違っている点が存在する。それがサウンドテストモードだ。まことしやかに存在が語られていたものの、誰も突入できない謎のモードとして都市伝説のように語り継がれていたこのモード、自分の通っていた小学校にも「こうすると音楽が鳴る」みたいな噂が流れてきていたり。しかし、その通りやっても突入できない。本当に存在するのか、誰かがついた嘘だったのでは? と思っていた頃、事態は一変。
ファミリーコンピュータMAGAZIN
世界初のファミコン専門誌として創刊されたこの雑誌の10月号(創刊3号)に、なんとこのサウンドテストのやりかたが記載されていたのだ! 都市伝説ではなかった! 嘘ではなかった! たぶん、全国のファミコンキッズたちはそう色めきだったはず。しかし、その裏では、ナムコと徳間書店の間で、裁判沙汰に発展しそうな紛争が起きていたとは、小学生だった子供たちには知る由もなかった……。
ナムコは「意図していない画面を流出させた」と映像著作権を主張して訴訟も辞さないという剣幕でファミマガ編集部に詰め寄ったらしいのだけど、結果的に和解したとか。その和解のきっかけになったのが、この曲。
FC ギャラクシアン サウンドテスト/ナウシカ
そう、あの『風の谷のナウシカ』のレクイエム! 徳間書店の著作物である曲が流れたことにより、ナムコ側に明確な著作権侵害が発生したのだ。それゆえ、手打ちになってよかったね……で、ファミマガも存続できることになったとか。この辺のお話は、当時の担当編集であり、のちにファミマガ2代目編集長に就任する山本直人氏による回顧録『超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集』で詳しく語られているので、そちらを参照してほしい。この本、本当に面白いよ!
なんというか、脱線しまくりで引用しまくりだった今回。なんというかゲームの紹介ではなくなってしまった気もしないでもない。なんにせよ、ファミコンのナムコ(ナムコット)の歴史はここから始まった……ということで、締めにしたいと!
次回は必ず新しめのソフト……90年代のタイトルを紹介したいところ! 80年代の黎明期タイトルだとアクセスがよろしくないんだよね(そんな事情か)。高騰しているあのソフトとか、アニメのゲーム化タイトルとか、そんなのを紹介できれば……。できればゴールデンウィーク週の最後までに更新したいが……。